「学力の経済学」を読む

 俺自身は二児の父親である.何かのきっかけで表題の書籍を読んだ.日本では教育に関して統計を駆使したデータが少ない.教育評論家,育児の専門家などの「専門家の意見」ばかりが取り上げられ,エビデンスに基づいたデータというものが存在しないに等しい状況である.

 育児中の母親は必死になって育児書を読みあさり,東大に息子全員を入学させた母親の話に耳を傾けている.子供により良い人生を送ってほしいとの願いからくる行動であることは疑いない.数万人の子供を診た小児科医の話も傾聴に値するだろう.しかし,それも所詮一人の人間という限界に突き当たる.

人間はだませても,データはだませない

 著者の中室牧子はそう断言する.日本ではまだ,教育政策に科学的な根拠が必要だという考え方がほとんど浸透していない,というのは本当だろう.しかし,米国においては事情は異なる.2001 年に「落ちこぼれ防止法」が制定され, 2002 年に「教育科学改革法」が制定されたことにより,自治体や教育委員会は自分たちの教育政策にどれだけの効果があるのか科学的根拠を提示する義務を負うことになった.

 具体的には教育の現場において実験を行う.無作為化比較試験(むさくいかひかくしけん)と呼ばれる高度な分析手法である.小規模な実験が成功すれば規模を拡大し,州単位に,さらに国全体にと拡大していくのが米国流だ.効果がないと分かった時点でその実験は中止される.そうやってエビデンスを蓄積して初めて,分かってきたことがいくつかある.

 日本ではそういった「小さく始めて大きくする」という発想にはなかなか至らない.小規模な実験なら市町村レベルで行うことは可能と思われるが,「データで話をする」ことに慣れていない教育委員会の人間では今しばらくは無理だろう.

今後は確率・統計の知識が必須となる

 高等学校の数学で何を教えるか,という学習指導要綱というものがある.高校で行列を教えなくなる,と一部で騒がれていた.だが俺は確率・統計を教えるようになる点については賛成だ.

 子宮頸癌ワクチン接種に反対する人たちや放射能デマに踊らされた人たちには,この統計に関するリテラシーが全くないと言っていい.極論すれば「0 か 1 か」という発想なのである.

 専門的なことはさておき,今後の若い世代は統計の教育を受けて社会に出てくる.当たり前だが,データありきで語る若い世代に,従来の経験重視の世代は太刀打ちできない.統計を理解できない人間は淘汰される.

子供を勉強させるために,ご褒美で釣ってはいけないのか?

 結論から言おう.「よい」である.ただし,条件がある.

「テストで良い点を取ればご褒美」と「本を読んだらご褒美」どちらが効果的?

 これも結論から.「本を読んだらご褒美」の方が学力が伸びた.

 ご褒美はテストの点数などの「アウトプット」ではなく,本を読む,宿題をするなどの「インプット」に与えるべきである.アウトプットにご褒美を与える場合には,どうすれば成績を上げられるのかという具体的な方法を教え導く人が必要である.

ご褒美には何がふさわしいか

 子供が小さいうちはトロフィーなどの子供のやる気を刺激するような,お金以外のものが良い.お金をあげる場合には同時に金融教育も同時に行うと良い.

子供は褒めて育てるべきなのか?

 日本人は国際的にも自尊心が低いと指摘されている.「家庭や学校で自尊心を高めるように働きかけるのが良い」と一般には言われているが,実験の結果は逆であった.つまり,学力が高いという原因が自尊心が高いという結果をもたらしたのであると.それどころか,学力の低い学生に自尊心を高める介入を行うとかえって成績が下ることも分かった.

 では,どうすれば良いのか.

能力を褒めるのか,努力を褒めるのか

 能力を褒めることは子供のやる気を蝕む.褒める時は子供が達成した内容を褒めるべきである.それはさらなる子供のやる気を引き出す.

テレビやゲームは子供に悪影響を与えるのか

 テレビやゲームそのものには,心配するほど子供に負の影響はない,と結論されている.1 時間程度なら問題ない.ただし, 2 時間を超えると子どもの発達や学習時間に悪い影響が出てくる.

子供の勉強時間を増やすにはどうすれば良いのか

  • 勉強をしたか確認している
  • 勉強を見ている
  • 勉強する時間を決めて守らせる
  • 勉強するように言う

 上記のうち,最もお手軽なのは「勉強するように言う」だが,これは効果がない.特に母親が娘に勉強するように言うのは逆効果である.

 効果があったのは「勉強を見ている」「勉強する時間を決めて守らせる」であった.これは親の時間を子供に費やすということである.子供に勉強させるには言うだけではダメで,横について勉強を見たり,勉強時間を決めて守らせる必要がある.

 「共働きで子供の勉強を見る時間なんてない」という声が聞こえてきそうだ.親自身が多忙な時は,助っ人を頼んで良い.具体的には学校や塾,家庭教師などである.他にも祖父母や兄や姉など,その他の同居者が見てあげても良い.

 「人は人から学ぶ生き物である」という原則を思い出さずにはいられない.おそらくこれは,進化の過程でヒトが獲得した生来の性質なのだろう.

友達の影響

 学力の高い友達の中にいると,自分の学力にもプラスの影響がある.ただし,プラスの影響を受けるのはそのクラスで元から成績の良かった生徒だけであり,中間層や元から学力の低かった生徒はマイナスの影響を受ける.

 問題児の存在はクラス全体の学力にマイナスの影響を与える.大学生のルームメイトの存在は成績にはほとんど影響しないが,もともと飲酒していた学生はルームメイトに飲酒習慣があると一層飲酒するようになる.

習熟度別学級の是非

 学力の同じ子供で集団を形成すると,特定の学力層の子供だけではなく全体の学力を上げる効果がある.特に大きな学力の上昇が見られたのは,元から学力が低い子供だった.ただし,子供の学齢が低い時に習熟度別学級を導入すると格差が拡大し,平均的な学力も下がる.

悪友は貧乏神

 子供や若者は,飲酒・喫煙・暴力・ドラッグ・カンニングなどの反社会的行為について友人から影響を受けやすい.親にできることは引越である.引越によって友人が変わり,生活習慣が変わり,子供は本来の自分に戻ることができる.

子供にはいつ投資すべきか

 最も効果が高いのは小学校に入学する前,幼児教育である.投資の効果である収益率は年齢が上がるにつれて下がっていく.この投資とはお金だけではなく,人的資本も含まれる.人的資本とは,学習塾のことではない.しつけなどの人格形成や,体力や健康への支出も含まれる.必ずしも勉強だけに対するものではない.

幼児教育の重要性

 ペリー幼稚園プログラムという就学前教育プログラムがある.詳細は本著を読んでいただきたいが,処置群では対照群に比較して,小学校入学時点での IQ, 学歴,雇用や経済的な環境の安定姓,反社会的行為に及ぶ確率などに優れた効果が認められた.

 ペリー幼稚園プログラムは小学校入学前に 1-2 年間だけ介入したプログラムであるにもかかわらず,その効果は大人になってからも持続していた.このプログラムは子供の何を変えたのか?

 それは非認知スキル,非認知能力である.テストの点数で評価される学力ではなく,「忍耐力がある」「社会性がある」「意欲的である」といった人間の気質や性格的な特徴である.一言で言うと,子供の人格形成に良い影響を与えたのである.

重要な非認知能力とは

  • 自制心
  • やり抜く力

 非認知能力は 8 個ある.自己認識,意欲,忍耐力,自制心,メタ認知ストラテジー,社会的適性,回復力と対処能力,創造性,性格的な特性である.このうち著者が最も重要と考えているのが自制心とやり抜く力である.自制心はマシュマロ実験で紹介されている.やり抜く力とは「非常に遠い先にあるゴールに向けて興味を失わず,努力し続けることができる気質」であり, GRIT とも呼ばれ,自己認識に含まれる.

非認知能力を鍛えるには

 認知能力の改善には年令による閾値(いきち)があるが,非認知能力は成人後も鍛えることができる.自制心は何かを繰り返し行うことで向上する.細かく計画を立て,記録し,達成度を自分で管理することが自制心を鍛えるのに有効である.

 たとえば,レコーディングダイエット.Google Data Studioでたんぱく質摂取量のグラフを作るにはでも紹介したが,これはレコーディングダイエットそのものである.

 やり抜く力を伸ばすにはどうすれば良いか.しなやかな心を持つことである.親や教師から「自分の元々の能力は生まれつきのものではなく,努力によって後天的に伸ばすことができる」とのメッセージを伝えられた子供はしなやかな心を手に入れ,やり抜く力が強くなり,その結果成績が改善した.

非認知能力が重要である

 学力テストの結果に一喜一憂するのではなく,子供の将来にとって重要なのは非認知能力であることを自覚すること.非認知能力への投資は子供の成功にとって非常に重要であることを認識すること.非認知能力は人生の長期間に渡って計り知れない価値を持つ.目の前の試験のために部活や生徒会活動をやめさせるのは慎重であるべきだ.

まとめ

 子供の教育に関しては,どの親も最初は素人である.特に日本語圏ではこれまで専門家の意見ばかりが幅を利かせており,極端な例外を見てはため息をつく,ということが多かった.その結果母親たちは極端な育児方法にはまり,子供の健康や正常な発育にとって無益であるばかりか有害な方法にまで知らず知らずのうちに毒されてしまっているのかもしれない.これには父親の関わりが少ないという意味で,父親にも責任がある.

 日本では教育に関するエビデンスが少ないため,致し方ないという言い方もできる.しかし, 2001 年以降のアメリカでの教育に関する論文には期待している.無作為化比較試験を行った結果,科学的根拠のある方法というものが今後も出てくるはずだ.英語の読める人はぜひ原文で読んでほしい.

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