筆者は親を棄てた者である.詳細は伏せるが父親が毒親であった.父親の資産状況が不明のため,相続は放棄するつもりであった.
知らせ
先日,その父親が亡くなったと実家のある市の病院から留守電に録音が入っていた.留守電を聞いたのは職場に出勤してすぐであった.最初に思ったのは「ついに来たか」であった.いつかこの日が来ることを予期していた.知ってしまった以上,選択を迫られる.放置・無視するか,対応するか.
その病院にかけ直した.地域医療連携室の係の方が淡々と事実を伝えてくる.一旦電話を切り,職場の先輩に相談した.「すぐに行った方が良い」とのアドバイスに従うことにして一旦帰宅した.
段取り
午前中は段取りである.地元の葬儀会社を検索して電話する.着目したのは新幹線の駅から近いこと,市役所から近いこと.火葬の予約が可能か聞くと可能とのこと.火葬は死後24時間経過していないと行えないと知った.幸いなことに翌日の午後ひと枠だけ空きがあるとのことで,その枠を押さえてもらう.
次は弁護士事務所への相談の予約である.週末の午後に予約が取れた.
飼い犬をペットホテルに預け,子供の通学する学校に連絡し,新幹線のチケットを取る頃には昼になっていた.
病院にて
昼食も取らずに出発する.妻と二人で行く.到着は午後5時頃であった.受付で故人の家族であることを告げると病棟に案内された.
故人に会う前に入院費の支払いを求められたが,「相続放棄する予定である」と伝えるとそれ以上は追及されなかった.
市役所の地域包括支援センターの担当者が来るとのことで会って話をする.好青年であった.ここではIさんとする.今回はこの担当者がキーマンになってくれた.
遺体の葬儀会社への搬送時間が迫っており,故人の荷物の中から健康保険証を見つけたのでゲット.年金手帳がないか担当者に聞いたが,所在不明とのこと.故人の荷物は葬儀会社で預かってもらうことにした.死亡診断書をもらったのでお願いしてコピーしてもらう.死亡届の提出は葬儀会社にお願いした.
市役所での諸手続き
翌朝.市役所の開庁と同時に入る.最初に健康保険の担当課へ行き,返却手続きを行う.ここに最初のトラップがあるのだが,葬祭費の支給である.五万円喪主が受け取れるとの説明を受けるが,「相続放棄するので」と辞退する.
次は年金課である.筆者の場合母親が存命なので遺族年金などの権利は故人の配偶者にあるとのこと.認知症のため成年後見人が立てられているとのことでもあり,そちらに任せることにして退散.
さらに介護保険課である.介護保険証は見つからなかったので紛失したと申し出て手続きする.
最後に市民課で戸籍関係の書類の取得である.
- 被相続人の戸籍(出生から死亡までのすべて)
- 被相続人の除票(住民票除票)
- 相続放棄する人の戸籍謄本
1,2の被相続人とは今回の場合亡くなった親のことである.3の相続放棄する人とは筆者のことである.
分かったのは,死亡届を提出しても,戸籍関係のシステムに反映されるのに1週間かかるということである.そのため1,2は今日中には揃わないことになるが,担当者が頑張ってくれて,最後の1枚を残して全て揃った.
遺骨の引取は辞退できる
遺骨について分かったのは,引き取りを辞退できるということである.葬儀会社が教えてくれた.火葬場で一筆書けば良く,費用の追加もない.葬儀の後に残る物体としての骨をどうするか,悩みの種であった.遺骨の問題はそのまま墓の問題へとつながる.相続の問題とは別に,祭祀継承者の問題も発生するため,遺骨に関してはここが勝負どころである.親戚・関係者がなんと言おうと引き取り辞退すべきである.
書類の取得に目処が立ったので,病院から預かった遺品を故人の自宅に届けることにした.鍵は福祉の方で預かっており,Iさんが借りてきて故人の自宅に向かう.我々夫婦はタクシー移動である.到着してみると荒れ放題,鍵を開けて中を見ると聞きしに勝るゴミ屋敷状態であった.故人は入院するまでこのゴミ屋敷で要介護4の配偶者を「介護」していたとのこと.福祉の介入も故人が拒み続け,結局故人の入院まで福祉は介入できなかったとのことである.高齢化社会の断面を見る思いであった.荷物を家の中に置き,施錠して鍵をIさんに返し,そそくさと故人の自宅を後にする.後で聞くと,やはり故人には借金があったとのこと.相続放棄して正解であった.
少し時間ができたので葬儀会社近くの割烹店で昼食を取った.コーヒーまで頼んで少しゆっくりできた.
火葬
午後の火葬の時間になった.火葬場に着き,遺体を炉の中に入れ,点火ボタンを押せば終わりである.あっけないほど簡単である.火葬証明書をもらい,出された書類に「収骨はいたしません」と書いて署名したら,火葬終了を待つこともなく解散であった.
そのまま新幹線に乗って帰路に着く.午後8時には家に着いていた.これが一泊二日の弾丸直葬の顛末である.
ところで,気になるお値段はという疑問のある方もいるだろう.19万円あまりであった.高いと見るか,安いと見るかは人ぞれぞれだろう.オプションの花も付けず,僧侶も呼ばず,直葬と指定してこの値段だが,葬儀会社はいくつかのプランを用意しており,3つのプランのうち最も安いのがこの価格であった.総合的に判断して支出することにした.市からの葬祭費を足しにすればもっと安くなるのかもしれないが,家裁から相続の意思ありとみなされるのは困る.お金は一切受け取らないとしておくのが安全である.
まとめ
今振り返ると,今回の弾丸直葬では幾つもの幸運に恵まれていたことがわかる.
- 火葬場の枠が翌日空いていたこと
- 遺骨を引き取る義務はなく,収骨しないという選択肢が見つかったこと
- 市役所の担当のIさんが2日目,予定が全く入っておらず,フリーで動けたこと
- 市役所の各課の担当者に「相続放棄する予定である」ことを正直に伝えたため,その線で動いてくれたこと
- 葬儀会社が市役所と駅の近く,徒歩圏内にあったため,移動コストが最小限で済んだこと
- 家族葬という体で親戚や宗教関係者の参列を阻止したため,葬儀に関する面倒ごとを避けることができたこと
- 必要な書類,手続きを生成AIに聞けたため,「何が分からないのか分からない」状態ではなく,ある程度情報武装した状態で市役所に必要な手続きを求められたこと
- 最終的に家裁に電話して確認し,相続放棄に必要な書類の一覧を確認できたこと
あたりだろうか.弁護士事務所への相談は,今となっては不要だったかもと思い始めている.
生成AIへのプロンプト
最後にChatGPTに質問したプロンプトの一覧を掲載しておく.
- 親の戸籍謄本の取り方
- 今朝父親が死亡しました.相続放棄するつもりです.父親の入院費は支払い義務がありますか.本人の口座からの引き落としにできますか.なるべく負担したくありません.
- 葬儀会社への支払いについてはどうなりますか.
- 直葬の場合でもですか
- 葬儀会社に直葬費用を支払った場合,相続の意思ありとみなされますか
- 〇〇市内で遺骨の一時預かりをしているところは?
- 遺品を処分すると相続の意思があるとみなされますか?
- 遺骨を故人の自宅に置いておくことは問題ですか?
- 誰も住んでいない故人の自宅に遺骨を置いておくことが問題があるか聞いています
- 故人の入院費などを医療機関から請求されると予想しています.相続放棄する場合,どう対応したら良いですか
- 親族から立て替えた医療費の請求がくると予想しています.相続放棄する場合,どう対応したら良いですか
- 祭祀継承者にもなりたくありません.どうしたら良いですか
- すでにある墓に遺骨を入れることは相続放棄について問題がありますか
- 墓への納骨には誰かの許可が必要ですか
- 無許可で納骨した場合の問題点は?
- 死亡診断書の交付を受けた後,しなければならないことは何ですか
- 健康保険と年金停止の手続きは死亡届と同時にできますか
- 健康保険や年金停止の手続きをしないとどうなりますか
- 死亡届の届出は火葬前に行う必要がありますか?
- 遺骨を火葬場で処分すると相続放棄に支障はありますか
- 相続放棄に必要で,役所で発行してもらわないといけない書類を全て教えて下さい
以上である.親との関係で悩んでいる方の参考になれば幸いである.
一つ忘れていた.火葬場に向かう車中,葬儀会社から聞かれたのが「地元紙のお悔やみ欄に掲載して良いか」である.当然断った.あれを見ているのは善良な市民だけとは限らない.債権者,不動産に関わる人達,詐欺師,宗教関係者.遺族をカモにしようと魑魅魍魎が寄って来る.知らせないのが一番である.
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