葬儀

葬儀

 「今,我々は彼の体と魂を神々にお返しする」

 長老の一人が告げた.人の輪の中心には細長い穴が掘られており,若い男が一人横たえられている.その胸には数条の爪痕が古傷として刻まれている.脇腹には紫色の痣ができており,その中心には深い傷跡があった.

 「彼は勇敢な狩人であり,良き夫であり,尊敬すべき父親であった」

 一人の女がすすり泣いていた.傍らには小さな子供が二人.他の女から手渡された花輪を横たえられた男の首にかける時,すすり泣きは嗚咽になった.花輪を手渡した女が泣いている女の肩を抱き寄せた.

 「彼は死んだが,その勇気は彼の子どもたちに受け継がれる.我々もまた,彼の勇気を見倣い,彼の残したものを引き継いでいく.彼は大地の神々のもとに帰る.彼は大地となり,川のせせらぎとなって我々と共にあり続ける」

 周囲の人々が持っている花を男の体に添えていく.誰もが沈痛な面持ちであった.やがて,男の顔以外は花で埋め尽くされた.

 長老は朗々と唄い始めた.

大地の神々よ,今我々は願いたてまつる
どうか我々の声に耳を傾け,我々の叫びに目を向けたまえ

我々は神々の子として生まれ,神々の恵みにより今日まで生きながらえてきた
神々は我々と共にあり,我々を導き,我々を養われる

しかし,死は我々から彼を取り去る
我々は悲しみの淵にあり,遺された者たちは嘆きの川のほとりにある

我々は祈る
どうか,彼の体と魂を受け取りたまえ
彼が神々のもとで安らかに眠れるように
彼の妻と子どもたちが生きていけるように

彼の生きた証を我々は伝え続ける

大地の神々よ,今我々は願いたてまつる
どうか我々の声に耳を傾け,我々の叫びに目を向けたまえ

 詠唱が終わると,男たちが土をかけ始めた.誰も一言も話さない.亡くなった男と彼らは三日前の狩りで共に戦った仲間だった.

前夜

 もう 10 日間,獲物が捕れていなかった.あと一歩のところで逃してしまうことが 2 回続いた.女たちが小動物を捕らえ,木の実を集めてきてくれてはいるが,全員の胃を満たすには十分ではなかった.

 大型の獣を捕らえなければ.誰もがそう考えていた.それでしばらくは生き延びられる.そう,しばらくは.

 「獣を狩りに行く」

 夕暮れ時,族長がそう告げた.今度の失敗は許されない.このままでは何人かが飢えて死ぬことは明らかだった.

 「行きます」

 あなたは真っ先に申し出た.他の男たちも次々に志願した.出立は明朝と決まった.あなたは天幕に戻り,自分の武器を点検した.石を割って作った槍の穂先を指でなぞる.柄を握り,獣を仕留めるところを想像する.妻が心配そうに横に立った.子どもたちは既に眠っている.

 「気をつけて」

 妻はそれだけ言った.

 「大丈夫だ」

 妻の表情が少し緩む.その頬に手を添え,顔を近づける.唇を重ねる.妻は両腕をあなたの体に巻き付けた.あなたも妻の体を抱きしめる.この抱擁が最後になるかもしれないと互いに感じつつも,口には出さない.

出立

 夜明け前,一群の男たちが集落を出立した.族長を先頭にして,獣たちの営巣地へ向かう.あなたは槍を右手に持ち,左手に革袋を持ってそれに続く.革袋には前日妻が集めた木の実のすべてが入っている.他の男たちも同様だった.今回の狩りが失敗すれば,群れはどのみち全滅する.ならば,残った食糧全てを男たちに託して狩りの成功に賭けようと考えても不思議ではなかった.

 集落に最も近い獣の営巣地に着いた頃には太陽は高く上っていた.営巣地は川の近くにあった.数十頭が川辺の泥の中で寝転んで泥を浴びている.動きは鈍いが,体つきはがっしりしていて力が強い.鼻面の角で突き上げられたらひとたまりもない.

 岩陰から獣の営巣地をうかがい,族長が戻ってきた.失敗した狩りはもっと身が細く,脚の速い獣だった.今回は動きが鈍い獣を狙うと決めていた.確実だが危険のある狩りだった.

 「まず,食べよう」

 族長が言った.狩りが始まると数時間は食べることができなくなる.狩りの前に食べておかないと,後半体力が続かない.男たちは輪になって座り,持ってきた革袋を開けて木の実を頬張った.あなたは弟の横に座り,自分の木の実を少し,弟に分けてやった.

 「ありがとう」

 弟は礼を言った.あなたは木の実を一掴み,口に入れた.焚き火の残り火で燻した木の実は美味だった.残り火の火加減が難しく,燻し足りないと生焼けになるし,燻しすぎると黒焦げになってしまう.妻の燻す木の実は,女たちの中でも一番旨かった.

 食べ終わるとそれぞれが排泄に行った.食事同様,排泄も狩りの間はできない.

 「最近の弓の調子はどうだ」

 弟の隣で放尿しながら,あなたは尋ねた.

 「まあまあだな.おびき出すのは任せておけ」

 弟はニヤリと笑った.あなたもニヤリとした.

狩り

 男たちは二手に分かれる.弓矢を持つ者と,槍を持つ者だ.あなたは槍を,弟は弓矢を持っているため,必然的に分かれることになる.狩りの概要はこうである.まず,弓矢を持つ者たちが背後から獣に忍び寄り,矢を射掛ける.次いで,逃げ出した獣を槍を持つ者たちが待ち伏せて仕留める.

 その際,手負いの獣は暴れることがあり,とどめを刺す時が最も危ない.今回の獣は特にそうだ.普段はこの獣は狙わない.それほど危険な獣なのである.しかし,今日は事情が異なる.もう後がない,生きるか死ぬかの瀬戸際にあっては危険を犯してでも獲物を捕らえる必要があった.

 男たちは打ち合わせどおり,二手に分かれた.あなたは川の下流の岩陰に身を潜めた.近くの岩影にも槍を持った仲間が数人いる.獣がどの方向へ逃げ出すか分からないが,地形からある程度は予測がつく.川の中には別の恐ろしい獣がいて川に入ってきた哀れな獲物を狙っているため,川に向かって獣を追い立てれば追い詰めることができる.したがって弓矢を持つものは,獣を川に追い込む方向から矢を射掛けるはずだ.

 あなたは息を潜めてその時を待った.心臓の鼓動が高鳴る.狩りの前のこの緊張感がたまらない.一族が全滅するかもしれないというのに,この状況を楽しんでさえいる自分がおかしかった.

 ヒュン,と風を切る音が聞こえた.川辺で泥浴びをしている獣の群れに矢が降り注ぐ.営巣地は大騒ぎになった.大声で警戒の咆哮を上げるもの,慌てて起き上がろうとして転ぶもの.弓矢を持つ男たちが姿を表し,大声で叫んだ.その姿を見るや,獣たちは一斉に川を目指して走り出した.

 あなたはそれを確認し,岩陰で槍を構え直した.こちらに来る!

 素早く周囲に目配せする.ここで姿を現すタイミングを間違えると,獣の群れは別の方向へ逃げてしまう.ギリギリまで引きつけて,狙った一頭を仕留めるのだ.岩陰から獲物となる獣を確認した.矢の刺さっている一頭がいる.あいつだ!

 もう一度目配せして,獲物があいつだと確認し合う.じっと息を潜め,無傷の獣が横を走り去る轟音を聞きながら,手負いの獣が近づく時を見計らう.…今だ!

 あなたは岩陰から飛び出し,両手に槍を構えて獣の走路に向けて槍を突き出した.

 強い反動があった.獣はどうっと音を立てて倒れた.周囲の男たちが次々に槍を獣に突き刺す.獣は四本の脚をばたつかせていたが,やがて動きが鈍くなった.仕留めた!

反撃

 男たちは歓声を上げた.これで家族が助かる,というのもあるが,狩りが成功したという喜びがまずあった.族長があなたのところにやってきて,とどめを刺す権利を与えた.獲物に最初の致命傷を与えた者が,とどめを刺す名誉を与えられることになっているのである.

 あなたは腰に下げた石の刃物を取り,獣に近づいた.獣の目は何も見ていなかった.息は浅く,もうすぐ止まりそうだ.大丈夫だ,と判断した.さらに一歩近づき,刃物を構えたその時だった.

 突然,獣が頭を振り上げ,あなたは衝撃を感じた.次の瞬間,あなたは空中高く放り上げられ,そして地面に落下した.あなたは意識を失った.

危機

 母親に抱かれていた幼少の頃を思い出していた.眠くなってぐずりだし,母親に抱かれて子守唄を聴いていた気がする.温かな満足感が胸を満たし,やがて眠りに落ちる時,あなたはとても幸福を感じていた.

 どれくらいの時間が経ったのか,よく覚えていない.時々目を開けると,誰かの背中に背負われて地面が見えた.

 あなたが次に意識を取り戻した時,心配そうに見つめる女の顔があった.…思い出した.妻だ.

 妻の脇には二人の子どもたちがいる.ここは…自分の天幕だ.そうか,俺は狩りの時に獣にとどめを刺そうとしていた.そして,そして…?

 「兄さん,目が覚めたかい?」

 弟の声がした.俺はどうなったんだ?と聞こうとして,声がほとんど出ないことに気がついた.脇腹に激痛が走る.うっと呻いて,あなたは顔を歪めた.

 「じっとしてて」

 妻が言った.弟が状況を説明してくれた.いわく,獣は最後の力を振り絞ってあなたに反撃した.あなたはその反撃をまともに食らって負傷し,仲間たちがあなたを背負って集落に連れて帰ってきた.あなたは丸一日気を失っていた…

 「とどめは刺したのか?」

 「族長が刺したよ」

 狩りは成功した.暴れる獣にさらに槍を突き刺し,息が止まるまで待っていたらしい.その場で解体して肉を持ち帰るのはなかなか骨の折れる作業だったようだ.しかし,おかげで当面の間,一族は飢えの危機から脱した.その代償はかなり大きなものであったけれども.

 「良かった」

 「しばらく休むといい」

 弟はそう言い残して自分の天幕に帰って行った.程なくしてあなたは眠りに落ちた.

 次に目を覚ました時の気分は最悪だった.寒い.冬でもないのに寒くてたまらない.体ががたがた震える.やっと体の震えが止まったと思ったら,次は高熱に襲われた.意識が朦朧とする.何か苦い薬草を飲まされた気がする.人が入れ代わり立ち代わりあなたの天幕を訪ねてきていた気もする.誰が誰だか,あなたには見分けがつかなくなっていた.

葛藤

 夜の帳が下りてきても,一つの天幕の前だけは火が消されずにいた.一人の女が出てくる.焚き火の中から何かを取り出し,天幕に戻ろうとした時,別の人影が現れた.二言,三言,言葉をかわす.男が女の手を取ろうとすると,女はその手を振りほどき,急いで天幕に入って行った.入り口の幕が閉められた.男はしばらく佇んでいたが,やがて自分の天幕に戻っていった.

 熱が下がった時だけ,あなたは眠ることができた.熱が上がると眠ることすらできない.妻が薬草を飲ませてくれた後しばらくは熱が下るが,またしばらくすると寒気が襲ってきて熱が上がる.その繰り返しだった.妻が傷の手当をしてくれているが,体調は悪くなっていく一方だった.体の節々が痛い.

 女は不安でたまらなかった.夫の体調はどんどん悪化していく.狩りから帰ってきてから何も食べておらず,水と薬草を飲んだだけだ.傷口からは悪臭のある膿が出ている.目はうつろで熱のある時は何も見えていないようだ.眠っている時だけ少し楽そうだが,眠る時間も短くなってきている.おしっこも出ていない.体の表面が青黒く変色してきている.

 この人が死んだら,私と子どもたちはどうなるのだろう?どうやって生きていけばいい?

 子供が一言,言った.母親がその子の髪をなでると,少しほっとしたようだった.寝床を指さして眠るよう促すが,子供は首を横に振った.

 女は子供と一緒に床に入った.小さな体を抱きしめてしばらくしていると,子供は寝息を立て始めた.女は子供を仰向けにして毛皮をかけた.

 この人はもう助からない.

 子供の寝顔を見つめながら,助かってほしいという望みと,冷静な判断との間で,女は葛藤していた.もしこの人が死んだら,誰が私たちの保護者になってくれるのだろうか.身近な人の顔を思い浮かべる.

 あの人の弟…先ほど天幕の入り口で声をかけてきた男だ.思わず手を振りほどいてしまったが,現実問題として,彼以上の適任者はいない.時折見せる熱い視線を感じて,思わず胸が熱くなったことも否定しない.子どもたちにも親切に接してくれている.彼なら…

 いや,今は考えるのはよそう.女は首を横に振り,目を閉じてから夫に目を向けた.

別れ

 翌朝はよく晴れていた.何人かの男女が天幕に入り,あなたの体を運び出した.女と子ども二人がその後に付き従っていた.

 あなたの目は閉じられ,体はもはや力を失い,その息はすでになく,冷たくなってきていた.集落の外れにあなたは運ばれ,男たちが土を掘り始めた.女たちは花を折り,集めてきた.

 「今,我々は彼の体と魂を神々にお返しする」

 長老の一人が告げた.人の輪の中心には細長い穴が掘られており,若い男が一人横たえられている.その胸には数条の爪痕が古傷として刻まれている.脇腹には紫色の痣ができており,その中心には深い傷跡があった.

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