筋トレの分子生物学(3)物質輸送に関わる膜タンパク

 筋トレの分子生物学シリーズ第 3 弾.神経の伝導と筋細胞へのシグナル伝達について,膜タンパクの働きを見ていく.

ミトコンドリアの役割

 ミトコンドリアの役割はアデノシン三リン酸 (ATP) を産生することで,産生された ATP は速やかに細胞質に運び出される.細胞内の ATP 濃度はアデノシン二リン酸 (ADP) の 10 倍以上に保たれている.

©Wikipedia

脂質二重層からなる細胞膜

 細胞膜は脂質二重層でできており,分子の大きさや疎水性の程度によって拡散・透過させやすさが異なる.一般には分子が小さく,脂溶性であるほど拡散速度は大きいとされている.酸素や二酸化炭素,窒素などの疎水性分子は非常に速く拡散する.水や尿素,グリセロールなどの小型で電荷を持たない極性分子は速度は遅いものの脂質二重層を超えて拡散する.しかしプロトンやナトリウム,カリウム,カルシウム,重炭酸,塩化物イオンなどの電荷を持つ分子はどんなに小さくても脂質二重層を通り抜けることは困難である.グルコースやショ糖など,電荷を持たなくても大型の極性分子の透過速度も遅い.これらのイオンや大型の分子を細胞膜を超えて運搬するにはエネルギーが必要である.

物質輸送のためのタンパク質複合体

 細胞膜や細胞内小器官の膜には物質輸送のためのタンパク質複合体が存在する.膜タンパクにはエネルギーを消費して物質を能動輸送するもの,何らかの刺激に応じてゲートが開き特定の物質を通過させるものがある.前者は膜を隔てた濃度勾配に逆らって物質を輸送し,後者は膜を隔てた濃度勾配に従って物質を通過させる.前者を運搬体タンパク,後者をチャネルタンパクと呼ぶ.チャネルタンパクのゲートを開く刺激には膜電位の変化,伝達物質の結合,機械的刺激などがある.チャネルタンパクのゲートには特定の物質のみを通過させるフィルター機構が備わっている.

Na+/K+ ATP アーゼ

 細胞膜にある Na+/K+ ATP アーゼは運搬体タンパクで 1 個の ATP を ADP に加水分解するごとに 3 個のナトリウムイオン (Na+) を細胞外に汲み出し,2 個のカリウムイオン (K+) を細胞内に取り込んでいる.細胞内の Na+ 濃度は低くなり,細胞質体の有機分子のもつ負電荷を相殺するために別の陽イオンが必要になる.K+ がその役割を担う.その結果 K+ の細胞内濃度は細胞外よりも高くなり,Na+ はその逆になる.細胞内の負電荷に起因する陽イオンを細胞内に引き込む電気的吸引力と,濃度勾配に従って細胞外に流出しようとする力が釣り合って K+ は平衡状態にあり,膜電位が生じる.Na+ の濃度勾配は極めて重要で,栄養分を細胞内に取り込む殆どの輸送は Na+ の濃度勾配が駆動力となって行われる.また細胞内の pH 調節や浸透圧の調節にもこの Na+/K+ ATP アーゼが重要な役割を果たしている.細胞の消費するエネルギーの 1/3 はこのポンプを動かすのに消費され,神経細胞では 2/3 にもなる.

©Wikipedia

Ca2+ ポンプ

 細胞外の Ca2+ 濃度は 10-3 M だが,細胞内の Ca2+ 濃度は 10-7 M と低く保たれている.Ca2+ を細胞外に能動輸送する Ca2+ ポンプの働きによる.筋小胞体膜にも Ca2+ ポンプがあり,Ca2+ ATP アーゼと言い,これも運搬体タンパクの一つである.Ca2+ ATP アーゼは筋小胞体の膜タンパクの 90 % を占めており,1 分子の ATP を加水分解して 2 個の Ca2+ を細胞質から筋小胞体の内腔に能動輸送し,休止中の筋細胞の細胞質カルシウム濃度を低く保つ.筋小胞体は Ca2+ の貯蔵所である.

電位依存性 Na+ チャネル

 神経細胞,筋細胞,内分泌細胞や卵細胞など電気的に興奮する細胞の細胞膜には電位依存性陽イオンチャネルがある.特に神経細胞や骨格筋細胞には電位依存性 Na+ チャネルがあり,膜電位の負電荷が減少する脱分極の発生に関わっている.脱分極がある程度以上集積すると細胞膜全体に活動電位が発生する.電位依存性の Na+, K+, Ca2+ チャネルは膜貫通領域の一つに正電荷をもつアミノ酸を含んでおり,この領域は脱分極が起こると外側に移動してこれがチャネルの開口につながるコンフォメーション変化を起こす.

活動電位

 刺激により周辺で脱分極が発生すると電位依存性 Na+ チャネルが開き,Na+ が電気化学的勾配に従って流入する.これにより膜の脱分極が進み,さらに多くのチャネルが開いて,連鎖的に膜の脱分極を進行させ,細胞全体に脱分極が発生する.これを活動電位という.電位依存性 Na+ チャネルには自動的に働く不活性化機構があり,膜の脱分極が進行すると速やかにゲートが閉じる.ゲートが開いてから閉じるまでの時間は数分の 1 ミリ秒である.不活性化状態は数ミリ秒続く.神経細胞には活性化した膜の電位を素早く元に戻すための電位依存性 K+ チャネルもある.このチャネルは膜電位の変化にやや遅れてゲートが開き,Na+ 流入に続いて K+ の流出が起こる.その結果 Na+ チャネルが不活性化する前に膜電位は平衡電位に戻る.

©Essential Cell Biology

全か無の方式

 個々の電位依存性 Na+ チャネルは開くか閉じるかのいずれかの状態を取る.全か無の方式という.チャネルがいつ開くかは決まっていないが,開いた際には 1 ミリ秒あたり 1000 個以上のイオンが通過する.細胞膜を横切る電流の合計は個々のチャネルの開き具合ではなくその時点で開いているチャネルの総数を示す.

 活動電位を発生するのは Na+ チャネルだけではない.筋細胞,卵細胞,内分泌腺細胞では電位依存性 Ca2+ チャネルが活動電位を発生させる.電位依存性陽イオンチャネルの構造や機能は多様だが,それぞれのアミノ酸配列はよく似ており,進化的に近縁にあって設計原理が共通なのだろうと考えられている.

アセチルコリン受容体

 伝達物質依存性イオンチャネルの代表は骨格筋細胞のアセチルコリン受容体である.アセチルコリン受容体は神経筋接合部の筋細胞の細胞膜に高密度に分布しており,神経末端から放出されるアセチルコリンによって一過性に開き,陽イオンが通過する.電位依存性イオンチャネルと違って陽イオンの選択性は低く,Na+, K+ の他僅かに Ca2+ が通過するが,実質的には Na+ が細胞内に流入する.この流入がシグナルとなって筋細胞膜の脱分極が始まり,筋収縮が起こる.

https://www.nhk.or.jp/kenko/jintai/parts/muscle
神経筋接合部の電子顕微鏡写真

アセチルコリンエステラーゼ

 アセチルコリン受容体に結合したアセチルコリンはアセチルコリンエステラーゼにより加水分解される.結合していた神経伝達物質がなくなると受容体は静止状態に戻るが,アセチルコリンが受容体に結合したままだとチャネルが不活性化して脱感作状態となる.有機リン系の農薬はコリンエステラーゼ阻害作用があり,アセチルコリンが受容体に結合したままの状態を作り出して神経筋接合部の信号伝達を阻害して毒性を発揮する.

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