子供は今夏休みだ.夏休みといえば宿題,工作,図画.工作,図画についてはいつの間にか親がすることになってしまっている.そう,今は子供の工作に取り組んでいる.
詳細は伏せるが,その工作に関連して初めてミニチュア樹木を製作することになった.この辺りについてはフィギュア制作界隈が詳しいのだろうが,あいにくその方面の知り合いはいない.しかし調べてみると,ジオラマで背景として樹木を製作するノウハウはある程度蓄積しているようだ.今回はそういったノウハウも参考にしつつ,そこそこリアルな樹木のミニチュアを作っていきたい.
完成イメージとしてはこんな感じだ.昭和記念公園のケヤキの木.トトロの木と言ったほうが分かりやすいかもしれない.
通常,樹木のミニチュアは細い針金を撚り合わせて幹から枝を出し,枝を切って長さを調え,葉を載せるという形式を取る.しかしそれらに共通する課題として,幹が細すぎるという問題点があるようだ.また枝の形が自然に見えるようになるにはある程度の試行錯誤が必要とも思われた.
詳細は割愛するが,樹木の形態はパイプモデルで表現される.『植物体の基本形は,単位量の葉と,その葉から地面まで連続する一定太さの材のパイプからなる』というやつだ.根から枝先まで,一定の太さの銅線を束ねたものを広げていけば自然な樹木の形になるだろうと予想できた.
今の俺に試行錯誤している時間はない.とにもかくにも設計が全てだ.全体の仕様を決めなくては.縦横 400-500 mm, 高さ 400 mm. 地面から最初の枝が出るまでの高さは 200 mm とする.枝は 3 層とする.
俺の予想では,樹木の枝の生え方にはある程度の規則性があるに違いない.幹から最初に出る枝,枝から出る枝,葉の付いた枝.幹から近い枝ほど長く,遠いほど短いに違いない.その長短をどう設定するか.
何となく,三分の二ずつ短くなっていく気がした.分岐に従って枝は 2 本に分かれるとしよう.最後の枝から逆算していこう.30mm, 45mm, 68mm, 100mm, 150mm だ.下層の枝が最も分岐数が多く,中層,上層と登るに連れて分岐は減っていく.ドローソフトで枝の形を描画してみる.
何度か試行錯誤した結果だ.何となくそれらしく見えてきた気がする.では,枝の数は?実はここでハマった.調べていくとどうやらフィボナッチ数列に関係があるらしい.それによると下層の枝の数は 5, 中層は 3, 上層は 2 とするのが自然なようだ.
重ね合わせてみよう.
気持ち悪い,と思う人がいるかもしれない.密な部分と疎の部分があるが致し方ない.骨組みはこれで行けそうだ.では,実際にどう組み上げるか.幹や枝の部分はそれなりに太くしないと見栄えがしないだろう.となると,針金むき出しでは不都合だ.市内の模型店に足を運ぶ.タバコ臭い昔風の玩具店だ.店主の親爺が自作したという木の模型を見せてもらった.なかなかの出来栄えだ.針金むき出しではなく何かのコーティングを施してある.企業秘密だということでコーティングの素材は教えてもらえなかったが,代わりにフォルモという粘土が良いと教えてくれた.帰宅後に調べてみると,石粉粘土なるものらしい.乾燥すると硬化して彫刻刀でないと削れないようだ.これで表面を覆うことにする.着色はしなくても良いかもしれない.
帰宅前に寄ったホームセンターで銅線その他を購入する.直径は 2 mm. かなり太いが,粘土の重量を支えるのに必要だ.50 cm ずつニッパーで切断していく.総数 66 本.合計 33 m にもなった.銅線は通常巻きの状態で市販されている.これを伸ばすには一工夫必要だ.ホームセンターで購入した MDF 合板を 2 枚出してくる.大きさは縦 90 cm 横 45 cm. 針金を間に挟んでこすり合わせると,板の間で転がるうちにまっすぐになるはずだったが,滑らかすぎてうまく転がらない.少し考えて 240 番のサンドペーパーを両面テープで貼り付けるとうまく転がるようになった.
方眼のついた粘土板の上で作業する.2 本をペンチではさみ,ラジオペンチでひねるの繰り返しだ.最初は枝先からだ.先端から 4 cm のところをペンチで固定し,ラジオペンチで 3 回ひねると固定がうまくいく.次は 4.5 cm, さらに 7 cm, 15 cm とひねっていく.曲がり具合は適当で良い.むしろその方がランダムな曲がり具合になって自然に見える.一つ気をつけたいのが,銅線で目を突かないようにすることだ.
上図のような枝を 4 組準備する.2 組をペンチとラジオペンチでひねって固定する.繰り返すが,銅線で目を突かないように気をつけたい.
最終的には下図のようになる.
このようにして下層の枝を 5 組作る.同様の手順で中層,上層の枝も作る.組み合わせてみるとなかなかの枝ぶりだ.
次の課題は粘土による被覆だ.試しに余った針金に粘土を巻きつけてみるが,太すぎていい形にならない.水で濡らすと練りやすくなると書いてある.濡らしてみる.少し柔らかくなった気がする.こねる.ヒモ状に延ばして針金に沿わせ,覆ってみる.…いい感じだ.
手元に直径 5 cm の木製の円柱がある.これで粘土を圧延してシート状にしてみたらどうだろう.小麦粉からピザ生地を作る時の要領だ.ある程度の薄さの粘土シートをカッターか何かで細長く切り出して,針金に巻きつけてみるというのは?
根の問題もある.制約上,根は 6 本となる.66 本の銅線を 6 方向に曲げるのはさぞかし骨が折れる作業になりそうだ.台木に固定するのにステップルを購入してきたが,果たして間に合うか否か.
一日目の作業はここまで.
二日目の作業である.
- スポンジの粉砕・着色
- 小枝の作成
- 幹・枝の肉付け
- 根を切りそろえる
スポンジの粉砕にはミキサーを使う.洗車用のスポンジを購入してきた.はさみで適当な大きさに切り,ミキサーの半分程度まで投入して水を 150 mL 加え,粉砕する.クイジナートを使ったが,めちゃくちゃよく切れる.刃を取り付ける際には指を切らないよう気をつけたい.
スポンジを粉砕したら次は着色だ.絵の具,木工用ボンド,水をボウルに入れ,撹拌する.ビリジアン 2 本と黄緑 1 本を投入した.スポンジを入れてよく揉む.
均一に色がついたら乾燥させる.ビニールのゴミ袋の上に広げ,一昼夜放置する.
樹木の葉を接着する小枝は別に作成する.1 mm のカラーワイヤーを 7 cm の長さに 198 本切断する.ペンチで3本ずつ撚り合わせ,下図のようにする.開いた部分の長さは 3 cm だ.この長さには理由がある.
幹と枝の肉付けは当初家族で行った.フォルモを 1 包取り出し,水を少し混ぜてこね,銅線に巻いていく.慣れないうちは付けすぎて肉厚になってしまう.手袋をはめると指先の感触がよく分からなくなるため,そのうち素手で作業するようになった.
しかし,である.出来上がったのはとても木とは呼べない代物であった.確かに早く終わったが,これでは到底満足できない.結局翌日にペンチで粘土を引き剥がし,自分で肉付けする羽目になった.全く女ってやつは,どうしてこうも仕事がいい加減なんだ…
ここでのコツは,とにかく肉厚をギリギリまで薄くすることに尽きる.粘土を少量取り,指先で棒状に丸めて銅線に沿わせ,押し付けて包み込んでいく感じとでも言えば良いだろうか?幹や一次枝など比較的太い部分では,粘土を細長く平たく延ばして貼り付けていく.境目は指で延ばして目立たなくする.
根の長さをニッパーかペンチで切りそろえる.全部同じ長さではなく,中心は長く,両サイドは短くするのがコツだ.実物を見たほうが早いだろう.
画像の上半分の枝は最初の粘土を剥がさずそのままにしたもの,下半分は俺が剥がして再度肉付けしたもの.枝先に行くに連れて細くなっているのがわかると思う.
この根を円形の合板にステップルで打ち付けて固定するのが次の作業だ.二日目の作業はここまで.
三日目である.
小枝 66 個を枝の先端に巻きつけて固定する.こんな感じだ.
銅線の樹木を台座に取り付ける.銅線を六等分してステップルで打ち込むのだが,なかなか難しい.あまり格好良くない.
フォルモをこねる.先程巻きつけた小枝と枝先の絡んだところの肉付けは指先の感覚が必要とされる.粘土を細長く延ばし,薄い板状にする.それを押し当てて包み込む,または巻きつけて指先で整える.多少銅線が見えていても気にせず,肉厚を薄くすることに留意する.
枝先の肉付けが終わったら幹と根の肉付けを行う.樹木の幹をイメージして足りないところには思い切って粘土を盛り上げる.幹から枝への分岐部もイメージして力強く枝ぶりを再現する.盛り付けた粘土の境界を指先で延ばして境界を目立たなくするが,乾燥してみるとやはり跡は目立った.
三日目の作業はここまで.
四日目である.
乾燥した粘土を塗装する.ホームセンターで購入したヌーロとかいう銘柄の水性塗料を水で溶き,中筆で塗る.色はライトグレー.粘土の色は白で,表面が毛羽立っており,普通に塗っても塗りムラができる.しかし,あえてベタ塗りはせず,1 割ほど塗り残しておく.樹種は特定していないが,イメージとしてはブナに近い.
台座ごと倒したり,回転させたりして塗り忘れたところに筆を入れる.フィギュア界隈の人には申し訳ないが,あまり細かく塗装はしない.人の視覚をハックするにはあえて大雑把に塗装しておいたほうが良い場合もある.遠目からそれらしく見えればよいのである.忘れてはいけないのが台座の養生.最初はサランラップを敷いていたが,使い勝手が悪くチラシに変更した.
二日目に作成しておいたスポンジを小枝に接着する.この日の作業のヤマである.最初コニシの木工用多用途ボンドというやつを使ってみたが,まるで使い物にならない.グルーガンも試してみたが,硬化すると白色になるし糸を引いて使いにくいしこれもダメだ.どうしたものかと考え込み,あらかじめ緑色に染色しておいたメラミンスポンジの塊を小枝で挟み込むという手法を取った.これを足がかりにして粉砕したスポンジを接着してみよう.
問題は接着剤だ.木工用もグルーガンもダメ.ホームセンターに行って用途を伝え,お勧めの接着剤を購入する.コニシのボンドGクリヤーというボンドだ.速乾,透明で多用途に使える.最近のスポンジは大抵ポリウレタンだ.結果的に大丈夫だった.やや糸を引くが,ノズルの使い勝手は良い.
スポンジの接着を言葉で説明するのは難しい.ミキサーで粉砕する際,大きさに留意する.組んでみて分かったのだが, 1 cm 角より小さくなると非常に難しくなるということだ.また,あらかじめ幾つかのスポンジ片を木工用ボンドで球状または層状に接着したクラスターを作っておくと,後の作業が非常に楽になる.とにかくボンドの原液をまぶしてスポンジ片を集簇させ,ゴミ袋の上で乾燥させておくのみである.
小枝に固定したメラミンスポンジ塊にボンドを塗り,スポンジクラスターを指またはピンセットで押し付けていく.ここでもどこまで拘るかのバランス感覚が必要だ.
実際,ジオラマを作るような人は大抵こだわりが強い.しかし,微に入り細に渡るところまで作り込む必要はない.これは小学生の夏休みの工作なのだ.この作品を見て評価するのは小学校の先生であり,市の教育委員会の人であるということを忘れてはいけない.
そこには暗黙の了解事項として,小学生が夏休みに作ってきたという建前がある.向こうも親が代作してくることくらい承知している.だから普段の勢いで完璧なミニチュアを作ってしまうと,これ,親が作ったでしょう?とバレてしまう.程々にスキを残しておかないといけないのだ.例えば,下から覗き込むとメラミンスポンジの底面には小枝の銅線が見えていたりしても,あえてそれを隠さないという手抜きが必要になる.
それともう一つ.応募規定には未発表の作品であること,とある.つまり,提出前にこのブログで完成した全景をお見せすることはできないのである.よって,これ以降は写真を掲載できない.下の写真で想像していただく他ない.
四日目の作業はここまで.
五日目.
四日目で大体の工程は終わっている.全体を見渡し,余ったスポンジで不足しているところを補う.人間の目というものはよくできていて,自然の中に不自然なものを見つけると途端にそこしか目が行かなくなる.例えば,粉砕したスポンジの不規則な断面の中に,きれいな平面が現れたりするような場合である.そういった所を一つ一つ潰していく.前回ほどほどの手抜きと言っておきながら細かいところに拘ったりして矛盾したことを言うやつだと思われるかもしれないが,そこはそれ.ただ,樹木の形というのは規則性を持った不規則性にその本質があると思う.パイプモデルという規則は踏まえつつ,枝の分岐の仕方にはランダムさを伴っている.
さて,今回は樹木に光を与えようと思う.俺は以前,写真を嗜んでいたことがある.そこで得られた経験として最も重要なことは,風景にしても人物にしても,最も美しく見えるのは光を味方につけた時だということ.プロの写真家がきれいな写真を撮れるのは高いカメラを使っているからではない.光をコントロールしているからだ.その写真家の視点をこのミニチュア樹木に加えてみよう.
まず,この樹木の正面を決める.そして,最も美しく見える光の射す方向を考える.具体的には斜め上からの半逆光だ.つまり,真後ろから見て斜め上から射す光を考える.これが太陽の位置だ.太陽が当たった葉は透ける.実際にはスポンジは光を通さないので,ハイライトとして表現することにする.
メラミンスポンジをクイジナートで粉砕すると,本当に粉々になってしまう.後で何かに使えるかと思って黄緑で染めておいた.仮にメラミングラニュールとしておく.これを使う.コニシの G クリヤーをスポンジクラスターの光が当たりそうな場所に塗る.指でつまむなりピンセットで挟むなりして,黄緑色のメラミングラニュールをまぶす.
この光が当たりそうな場所,というのも言葉で説明するのが難しい.俺は頭の中でイメージが出来上がっているが,経験のない人には難しいかもしれない.正面から見ると,ちょうど緑色のスポンジクラスターの辺縁を黄緑色の線で縁取る感じになる.それで光が当たっていると知覚させるわけだ.人間の視覚をハックするのって楽しい.
工作の工程としては他にも色々あるのだが,割愛する.落選するか入賞するかは運次第だが,気が向いたら樹木の部分だけでもアップしよう.覚えていたら更新する.