愛は測定できるか?

 矢野和男の『データの見えざる手』を読んだ.ウェアラブルセンサーによる人の行動の記録が莫大な価値を生む可能性を感じさせる貴重な書物だ.

人の行動は熱力学の法則に従う

 のっけから大胆なことを言ってのける.しかし,計測してみると確かにそうとしか言えない.腕に装着した加速度センサーに蓄積したデータを読み出し,周波数の帯域ごとに時間を計測してみると,原子の運動と同様の規則性が認められる.

 原子の中には運動性の高いものと低いものとがあり,高い運動性を持つ原子は少なく,低い運動性のものが大半であることまで人間そっくりである.しかも,原子一つ一つをシミュレーションする必要はなく,マクロの状態は気体方程式で記述できるように,人の動きもまた方程式で記述できるのである.

人の幸福は測定できる

 人の幸福度の半分は遺伝的に決まる.これは一卵性双生児の研究から明らかになった.驚くべきことに,残り半分のうち,人間関係やお金,健康などの環境要因を全て合わせても,幸福に対する影響は 10 % しかなかったという報告が記載されている.

 残りの 40 % は自分から積極的に行動を起こしたかどうかが重要であり,自ら意図を持って何かを行うことで幸福感を得ると記載されている.しかも,行動の結果成功したか失敗したかは重要ではなかった.

 これは,幸福の定義が変わるかも知れない.我々は成功することが幸福につながることだと教えられてきたし,現に成功するために我慢しながら努力している.しかし,成功が必ずしも必要なのではなく,自ら意図して行動することこそが幸福なのだとしたら,今この瞬間からでも幸福は手に入るかも知れない.

 ハーバード・ビジネス・レビュー 2012 年 2 月号の特集記事を引用して,社員が幸せに働くことが社員本人にも会社にも両方を利するという見方が始まっていると記載されている.残念ながら,日本語版にはこの記事はない.英語版のみである.

 著者はリュボミルスキ教授と共同で実験を行った.そこから得られた知見は,人の活動量は時間帯によって変わるということと,幸福と身体活動の総量が相関しているということであった.人の内面にあると思われていた幸福が,身体的な活動量として計測できるのである.

見えてきた因果関係

 詳細は本書を読んでいただきたいが,「社員の身体運動の連鎖による活発度上昇」が「社員の幸福・満足度の向上」につながり,さらに「高い生産性・高い収益性」につながるという因果関係が認められた.これまでは定性的にしか語られてこなかったが,ウェアラブルセンサーによる客観的根拠が揃いつつある.

人間行動の基本方程式

 腕の動きやメールの返信,人との面会などの人間行動のイベントに関する分布は下記のようになる.

dP(t)/dt = – (1/T)P(t) + F(t)

 P(t) は時刻 t における直前のイベントの発生後次のイベントが発生しない確率であり,これを時間 t で微分した左辺は時刻 t に次のイベントが発生する確率にマイナスを付けたものとなる.T は直前のイベントからの経過時間,F(t) は外部から加わる力,つまり制約条件である.

 著者は深く記述していないが,この外部から加わる力 F(t) は行動の自由度を制限するものであり,日本人のうち,子供を持つ女性が極めて大きいのではないかと俺は考える.定性的にはジェンダーギャップ指数が先進国で最悪を更新し続けていることは周知の事実であるが,これをデータで証明しうる可能性がある.

人の最も自然な状態は「集中」である

 上述の方程式は 1/T 方程式と本文中で述べられている.人が行為に集中し,没頭することは「フロー状態」であるとミハイ・チクセントミハイ教授は述べる.目の前の行為をやりがいのあるものと感じ,自分の能力を発揮して楽しむ経験,またはその状況である.F(t) がゼロに近くなり,目の前の行為から注意がそれることなく時間の過ぎるのを忘れること,自分と周囲が一体化した感覚を持ち,自分を意識することなく自分思うように対象をコントロールできたという感覚は,高いパフォーマンスを出す人々に共通した体験である.

 この「フロー状態」を体験すると,人は楽しさや充実感を得る.しかし,注意を向ける対象が時々刻々飛び移り集中できない時は,精神的なエネルギーを浪費したように感じ,楽しさや充実感を得にくい.育児はまさに後者に該当するのではないか.

 鬼嫁/神嫁 婚前判定アンケート結果でも述べたが,鬼嫁は強い精神的ストレスを抱えていた.F(t) の大きさと鬼嫁化した妻との関係が定量化できれば,その対処法も分かるかも知れない.これは完全に私見だが,結婚や出産を機に退職した女性は,仕事で感じていた充実感や自己肯定感を失うことが鬼嫁化のリスクとなっている可能性がある.

フロー状態の身体活動

 チクセントミハイ教授と著者との共同実験で,経験抽出法とウェアラブルセンサーを組み合わせた.その結果,やや速い身体の動き (2-3 Hz) が継続し,一貫して生じていることがフロー状態と相関していた.この結果から,身体を継続的にやや速く動かせる状況を作ることが仕事や生活に楽しさや充実感を得ることができる可能性がある.

コンピュータ対人間

 よく見る対立構図である.著者らの開発した人工知能と専門家 2 名とで,売上を競うものである.予想通り,人工知能が勝利した.人の対策は売上に貢献せず,人工知能による対策が顧客単価を 15 % 増加させた.

 興味深いのは,なぜ人工知能が指示した対策が有効だったのか,最初は人間には理解できなかったことだ.

演繹と帰納

 ここで本書の抽象度が一気に上がる.情報処理は「演繹」と「帰納」に大別される.

 演繹とは「一般的な前提から個別的な結論を得る方法」である.これまでの情報処理では人がプログラムを書いて一般的な前提を記述し,それからデータという個別の結論を得るものであった.既に前提や一般法則が分かっている事柄については威力を発揮するものの,その前提が成り立たない状況では無力である.現状のコンピュータはまさにこれだ.

 帰納とは,「個別的・特殊的な事例から一般的・普遍的な規則・法則を見出そうとすること」である.IoT などの計測技術が普及してビッグデータが大量に収集できるようになった現在,求められているのは帰納的な能力である.世の中にある大量のデータからその背後にあるパターンや法則性を明らかにすること,入力したデータからその元となるモデルを逆生成することが求められている.

 統計学は,その道標とならないだろうか.ともすれば,既に分かっていることを証明するために観察研究や無作為化比較試験が行われるのはコストの浪費にしかならない.

 西内啓は著書の中で,経験と勘に頼ってデータを見ない上司をコテンパンに批判しているが,これは日本人全般に言える体質だ.高校までの就学率は高いのに,日本人の IT リテラシーがこれほど低いのはなぜなのだろうか.

 本書の著者も「人が仮説を作るべきという圧力が強い」と正直に述べている.だが,「コンピュータが仮説を作り検証しないと,ビッグデータの存在価値はない」とも断言している.

 ここで,既に分かっていることを前提にしてしか話のできない人間を老害と呼ぶことにしよう.この手の輩は演繹による思考しかできない.社会の最前線は試行錯誤の繰り返しだ.統計学は社会に起きる現象の入口と出口を示すのみである.間の過程はブラックボックスで,ここを解明するのが基礎的な学問だ.老害はこの過程にばかり拘泥する.だから予想外の結果が得られた時,「あり得ない」と思考停止してフリーズする.演繹による思考しかできないのだから当たり前だ.

 帰納的な思考のできる人間は違う.あくまでも得られた結果,事実,データを元に推論する.それは現実主義であり,合理性を追求した結果であり,柔軟な思考ができるということだ.だがしかし,帰納的な思考さえも人であるがゆえの限界が来ている.

 分からないことはデータ自らに語らせよう.統計学は物事の相関関係を示すのみであるが,少なくとも方向性を間違えることはない.人はもはや把握することもままならない巨大なデータを扱うにあたり,もっと謙虚になるべきだ.

 著者は人がすべきこと,すべきでないことを明確にしている.人工知能は問題を設定することができず,目的が定量可能で関連するデータが大量に存在しないと適用できない.人工知能は責任を取らない.人は出来るだけ早く問題を作る側に軸足を移すべきであると.

統計のなすべき仕事とは

 統計のなすべき仕事を思う時,いつも思い出すことがある.

 急性心筋梗塞後のリドカイン持続静注は当初,心室細動による死亡率を下げるのではないかと期待されていた.しかし,実際は違った.リドカイン持続静注は生命予後を改善するどころか,むしろ悪化させていた.これが明らかになった時,医療界の対応は早かった.現在,急性心筋梗塞後のリドカイン持続静注は,心室細動へ移行する可能性のある危険な持続性心室不整脈が発生した際に限られている.

 ここでも統計学がその道標となった.機序に関して言えば,ナトリウムチャネル遮断薬であるリドカインは不整脈を予防するのだから,心室細動を予防し,死亡率を下げると考えるのが演繹による結論である.しかし,実際はそうではなかった.

現実主義であれ

 先の大戦で敗戦した理由はいろいろと語られているが,事実をありのままに受け止める現実主義ではなく,まず結論があって事実を歪めるという気質がどうも我々には受け継がれているようだ.これは演繹の極端な例であるが,インパール作戦において牟田口が「元来日本人は草食である,然るに南方の草木は全て即ち之食料なのである」などと発言したのはその極右と言える.

 兵士と言えど,生身の人間である.戦争においては補給が死活を決める.その補給を軽視した結果,大量の餓死者を出す結果となった.現実を認識できない人間に指揮を執らせてはならない.

 現実主義になろう.合理的であろう.データに忠実になろう.結果がどれほど直感に反するものであっても.結論が先にあってそれに基づいたデータのみ収集する,というのは愚かだ.最近も STAP 細胞という捏造事件があったばかりではないか.その結果はどうだったか?我々は優秀な科学者を一人失うことになった.

愛は測定できるか?

 本書においては語られていないが,男女の愛はウェアラブルセンサーで計測できるだろうか.親子の愛は,測定できるだろうか.

 恋愛工学は女性の脈ありサインを見出したなら C フェーズから S フェーズに移行すべしと教えている.脈ありサインを客観的な指標で検出できるだろうか.それが可能になった時,恋愛工学は統計学の解析対象となり,文学で語られていた愛は科学の対象となる.

 子供の世話をしている母親は子供に愛情を感じており,ストレスを感じつつも幸福も同時に感じている.鬼嫁/神嫁 婚前判定アンケート結果においては「愛とはオキシトシンである」との仮説を立てた.これを計測できるだろうか.下垂体から大量に分泌されているオキシトシンの血中濃度と身体活動との間に相関は見られるだろうか.

 俺が著者に問いたいのはそこである.本書は主に身体活動を仕事に結びつけているが,人の幸福は仕事だけで得られるのではない.愛という一見脳の中でしか起きていない事象を客観的な指標として計測できるか,そこが知りたい.

種を超えて

 上記の実験は対象がヒトの場合,倫理的な問題が生じるだろう.しかし,動物ならばどうだろう?交尾に至るオスとメスの霊長類や哺乳類,果ては両生類や鳥類にいたるまで,あらゆる種の動物が観察の対象となりうる.恐らく,畜産の現場では何らかのデバイスが既に導入されているはずだ.

 仮にあらゆる動物で共通のパターンが交尾前に見られたならば,それはヒトにも当てはまるのではないか?これは仮説ではあるが,興味のつきない疑問である.

 逆に,種に固有のパターンが見られた場合は,そのパターンによって種を分類し直すことが出来るかも知れない.これは従来の解剖学的・遺伝学的な種の分類とは異なる,進化生物学に基づく分類となる可能性がある.

スマートウォッチへのアプリ実装

 ここまで来ると,やるべきことは一つである.Apple Watch は高価なだけのアクセサリーに過ぎなかったが,ここへ来て非常に学術的にも価値あるデータを収集できるデバイスである可能性が高まった.著者は日立の職員で,ここまでの実績で特許を取得し,企業に対して価値の高いソリューションを提供している.しかし,俺はこの技術はもっと広く使われてしかるべきだと思う.

 スマートウォッチには GPS の他に 6 軸加速度センサーが内蔵されている.ユーザーがライフログを収集するアプリを自らの意思でダウンロードし,収集されたデータをしかるべき機関が解析してフィードバックするようなアプリを開発すれば良い.著者は「ライフシグナルズ」というアドバイスシステムを開発しているが,これと似た機能を実装すれば,爆発的に広まると考える.アプリ開発者の人,読んでるかい?

 一応断っておくけど,学術目的の開発が最初に来るべきだとは思う.著者は生活の変化を代表する 6 つの特徴量を特定している.それらが前日と比べて増えたか減ったかで 64 のパターンに分類される.アプリ開発者は特許料を支払ってでもこのアプリを開発すべきだと思うね.

 マッチングアプリというものがある.まあ平たく言えば出会い系なのだが,スマホのマイクにアクセスできるアプリで会話の「双方向率」を計測できれば C フェーズをクリアできているか,判定できるかもね.もちろん,言葉のキャッチボールが起きている時には人は基準値を超える速い周波数の動きを無意識に行うから,そちらの計測も併せて行う必要があるけれど.

まとめ

 ウェアラブルセンサーという技術により,人の行動を計測することが可能になった.それは仕事における幸福をほぼ客観的に抽出する手段となりうる.しかし,愛というもう一つの幸福の指標についてはまだ分からない.愛が客観的に測定できるようになった時,人は幸福になる手段を見いだせるのかも知れないし,逆に絶望するのかも知れない.

後日談

 2018 年 7 月 22 日,ふと思い立って作者の矢野和男さん宛てのメンションみたいに呟いたら,思いがけず御本人から返事をいただいた.

 「愛は測定できる可能性がある.既に,愛情が深いカップルほど身体運動が同期することが確認されている.おそらく,結婚の成功率も身体運動に特徴が見えている可能性が高い.実は,結婚の成功率は,その人のハピネスに依存する」(句読点変更)

 とのことであった.「愛情」「カップル」「身体運動」「同期」を英訳すると “Affection”, “couple”, “physical exercise”, “synchronization” となる.”affection” ではなく “love” にして Google Scholar で検索してみる.2017 年以降で 132 件.こんな論文がトップに上がってきた.Being together in time: Body synchrony in couples’ psychotherapy

 他にも色々ありそうだ.時間が出来た時にもう一度調べてみよう.

 そうこうしているうちに,またもやご本人からお返事を頂けた.

 早速注文した.明日には届く.参考文献が全文読めるといいのだけど.

参考文献

 届いたので『第 2 章ラポールの秘訣』の参考文献リストを掲載しておく.

(1)Stuart Ablon and Carl Marci, “Psychotherapy Process: The Missing Link,” Psychological Bulletin 130 (2004), pp. 664-68;

Carl Marci et al., “Physiologic Evidence for the Interpersonal Role of Laughter During Psychotherapy,” Journal of Nervous and Mental Disease 192 (2004), pp. 689-95.

(2) Linda Tickle-Degnan and Robert Posenthal, “ The Nature of Rapport and Its Nonverbal Correlates,” Psychological Inquiry 1, no.4 (1990), pp. 285-93.

(3) J. B. Bavelas et al., “I Show How You Feel: Motor Mimicry as a Communicative Act,” Journal of Social and Personality Psychology 50 (1986), pp.322-29.

(4) Michael J. Newcombe and Neal M. Ashkanasy, “The Code of Affect and Affective Congruence in Perceptions of Leaders: An Experimental Study,” Leadership Quarterly 13 (2003), pp. 601-04.

(5) Tanya Chartand and John Bargh, “The Chameleon Effect: The Perception-Behavior Link and Social Behavior,” Journal of Personality and Social Psychology 76 (1999), pp.893-910.

(6) Mark Greer, “The Science of Savoir Faire,” Monitor on Psychology, January 2005.

(7) Frank Bernieri and Robert Rosenthal, “Interpersonal Coordination: Behavior Matching and Interactional Synchrony,” in Robert Feldman and Bernard Rimé, Fundamentals of Nonverbal Behavior (New York: Cambridge University Press, 1991).

(8) David McFarland, “Respiratory Markers of Conversational Interaction,” Journal of Speech, Language, and Hearing Research 44 (2001), pp.128-45.

(9) M. LaFrance, “Nonverbal Synchrony and Rapport: Analysis by Cross-lag Panel Technique,” Social Psychology Quarterly 42 (1979), pp.66-70;

M. LaFrance and M. Broadbent, “Group Rapport: Posture Sharing as a Nonverbal Behavior,” in Martha Davis, ed., Interaction Rhythms (New York: Human Sciences Press, 1982).

(10) R. Port and T. Van Gelder, Mind as Motion: Explorations in the Dynamics of Cognition (Cambridge, Mass.: MIT Press, 1995).

(11) D. N. Lee, “Guiding Movements by Coupling Taus,” Ecological Psychology 10 (1998), pp.221-50.

(12) Bernieri and Rosenthal, “Interpersonal Coordination.”

(13) Richard Schmidt, “Effects of Visual and Verbal Interaction on Unintended Interpersonal Coordination,” Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance 31 (2005), pp. 62-79.

(14) Joseph Jaffe et al., “Rhythms of Dialogue in Infancy,” Monographs of the Society for Reserch in Child Development 66, ser. no.264 (2001).

(15) Beatrice Beebe and Frank M. Lachmann, “Representation and Internalization in Infancy: Three Principles of Salience,” Psychoanalytic Psychology 11 (1994), pp. 127-66.

(16) Colwyn Trevarthen, “The Self Born in Intersubjectivity: The Psychology of Infant Communicatiing,” in Ulric Neisser, ed., The Perceived Self: Ecological and Interpersonal Sources of Self-knowledge (New York: Cambridge University Press, 1993), pp. 121-73.

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