筋トレの分子生物学(5)アクチンとミオシン,タイチン

 筋トレの分子生物学シリーズ第 5 弾.筋収縮の主体であるアクチンとミオシンについて.タイチンについて最近分かってきた点にも言及する.山本義徳オフィシャルブログは学術的にも詳細なことで有名であるが, 2018 年 9 月 27 日時点では,タイチンについては古い学説のままである.

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筋収縮における主要な駆動力としてのタイチン蛋白のフォールディングの働き

 タイチンの PEVK ドメインがアクチンフィラメントに巻きついて弾性力を発揮するという ‘winding filament’ 仮説(タイチンは’winding filament’なのか?筋収縮における新たなねじれ)には一定の説得力があったものの,最新の観測技術はその仮説を否定しつつある.

 武器となったのは原子間力顕微鏡と磁気ピンセットというナノメートルサイズの観測技術および操作技術が発展したことである.科学技術の発展が次の科学技術の発展を促すという指数関数的な技術発展の時代に我々はいる. “Technology will always win.” という名言を噛み締めている.

https://warwick.ac.uk/fac/sci/physics/current/postgraduate/regs/mpagswarwick/ex5/techniques/structural/afm/
原子間力顕微鏡の探針

 現在ではタイチン分子の折りたたみ(フォールディング)と伸展(アンフォールディング)が弾性エネルギーの根源ではないかと考えられており, titin folding 仮説という.今回はその根拠となる論文を紹介する.

 正直なところ,俺は化学や物理学の専門家ではない.英語論文を和訳するにあたり,専門用語のオンパレードに萎縮しがちである.この分野の英和辞典が欲しいと切実に願っている.

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タイチンは’winding filament’なのか?筋収縮における新たなねじれ

 収縮に関与する蛋白質はこれまでアクチンとミオシンとされてきた.しかし最近,伸張性収縮(エキセントリック,ネガティブ)様式においてタイチンの果たす役割が明らかになりつつある.今回はタイチンについて述べた論文を紹介する.

 訳に揺れが見られるがご容赦を.新規の分野の翻訳には気を使う.’winding filament’ は無理に訳すと「巻きつきフィラメント」とでもなるだろうが,おそらく英語のままにしておいた方が定着しやすいだろう.この用語については山本義徳氏が著書において言及している.

 筋収縮の際にアクチンとミオシンが ATP を消費して動力を発生させることはよく知られており,これをフィラメント滑走説という.実は数十年前からこれ以外にも弾性線維の存在を示唆する実験結果が得られており, ‘elastic filament’ と呼称されていたが,フィラメント滑走説で多くの人が納得してしまい,研究は細々としか続いていなかった.

 一方,トレーニーの間ではポジティブ収縮よりもネガティブ収縮の方が重い重量を扱えることが経験的に分かっていたが,フィラメント滑走説ではこの矛盾を説明できなかった.

 自動車に例えてみよう.エンジンの回転はシャフトを通じてギヤボックスに伝達される.アクチンとミオシンはエンジンとギヤボックスのセットである.そして,エンジンもミオシンも,一方向にしか動力を発生できない.これはギヤボックスにローギヤしか搭載しておらず,リバースギヤが存在しないのと同じである.そんな車はバックができない!ネガティブ収縮とは,高速道路を走っている最中にギヤをリバースに入れるようなものである.オートマ車はそもそもギヤがリバースに入らないよう安全装置が組み込まれているが,マニュアル車ならあっという間にクラッチが焼き付いてエンストしてしまう.

 フィラメント滑走説ではミオシン頭部のパワーストロークはポジティブ収縮の際にしか動力を発生できないはずであるが,実際にはネガティブ収縮の時にも動力は発生しており,しかもネガティブ収縮の方が出力が大きい.では,その動力源は何なのか?そしてこの差分の動力はどこから来ているのか?

 電子顕微鏡による観察では,ミオシンの末端はフリーではなく, Z 盤に繋ぎ止める蛋白質の存在が指摘されており弾性フィラメントとして機能しているに違いないと言われてきた.この蛋白質は Y 字型をしているため免疫グロブリン (Ig) と表現されるが,もちろん形質細胞から分泌される本物の免疫グロブリンではない.そもそも大きさが全く違う.本物の免疫グロブリンの分子量はたった 25,000 だが,今話題にしているタイチンは 370 万もある.

 電子顕微鏡の解像度は理論上は 0.1 nm とされているが,真空中で撮影しなければならないという制約のため,タイチン分子に外力を加えるとどのようにふるまうのかについてはよく分かっていなかった.そのため,様々な仮説が立てられた.

 この疑問を説明しうる機序として,この ‘winding filament’ 仮説が有力視されてきた.

 ざっくり説明すると,ポジティブ収縮の際にミオシンが発生する動力の大部分は収縮そのものに消費されるが,その一部が弾性ポテンシャルエナジーとしてタイチン分子内に蓄積され,ネガティブ収縮の際に放出されるのである.その蓄積の機序を最初に説明したのが ‘winding filament’ 仮説である.最初に「巻きつき」と書いたが,タイチンがアクチンに巻きついて弾性ポテンシャルエナジーを蓄積しているのではないか,そしてネガティブ収縮の際には巻きついたタイチンがほどけて蓄積したエネルギーを開放するためにポジティブ収縮よりも強い出力が得られるのではないか,というのが本論文の趣旨である.

 しかし実はこの ‘winding filament’ 仮説は,最新の研究で否定されつつあるように見える.原子間力顕微鏡および磁気ピンセットによる研究ではタイチン分子の折りたたみが関わる,いわゆる titin folding 仮説 が優勢である.この分野はホットな領域であり,今後の研究が待たれる.

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