植物の光合成の分子生物学

葉緑体の構造 © Wikipedia

植物の生存戦略

 被子植物は花を咲かせ,種子をつくる.そこには受粉という植物自身では完遂できない行程が存在する.なぜ自然は被子植物の繁殖に受粉という外部の生物を必要とする行程を取り入れたのか?それは今もって不明であるが,花粉の授受には昆虫や鳥類の関与が不可欠である.昆虫と被子植物の共進化は白亜紀に起きたと考えられている.

虫媒花,鳥媒花

 植物が花を咲かせる時には蜜を作る.ハチやチョウなどの昆虫は蜜を吸い,植物は花粉を昆虫に付着させる.ハチドリやメジロも花の蜜を吸う.

 被子植物の 90 % は動物に受粉の媒介を依存しており,残りは風や水を媒介に受粉を行う.被子植物は歴史上,特定の動物種に自身の繁殖を依存するようになった.裸子植物の大部分が風媒花を咲かせる.その代表格はスギである.

 風媒花はその性質上,大量の花粉を生産しなくてはならない.繁殖にかけるエネルギー効率から,被子植物は自身の繁殖を昆虫や鳥類に依存した方が有利だったのかも知れない.

種子と果実

 被子植物の特徴は果実である.果実には糖質が多量に含まれており,動物にとっては貴重な栄養源である.果実の中心には種子が位置しており,摂取された種子は動物の消化管を通過する間に遠方に運搬される.種子の内部には脂質が豊富に含まれるものもあり,これを栄養源とする動物種も存在する.

 被子植物にとっての生存戦略とは,受粉と種子の運搬を動物に依存することにより,より適した環境に広がっていくことにあったと考えられる.

 種子は植物の子孫であり,その内部には遺伝物質が格納されている.デオキシリボ核酸は紫外線によって破壊される危険性があるため,種子の果皮には色素で紫外線から遺伝子を保護しているものもある.トマトのリコピンやナスのアントシアニンが代表的な色素である.その色素が昆虫や動物にとっては赤や紫色に見える.

虫の色覚,鳥の色覚

 ヒトは3色型の色覚を持つ.鳥類も3色型である.昆虫には4色型を持つものもあり,紫外領域に視細胞分光感度のピークの一つがある.

葉緑体の構造

 日本語では葉緑体と葉緑素はよく似ているが,厳密には同一ではない.葉緑体 (chloroplast) は植物細胞の一区画を占める構造物であり,葉緑素 (chlorophyll) はさらに葉緑体内部にある色素分子の一つである.葉緑体に含まれる色素にはクロロフィルの他にカロテノイドやビオキサンチンもある.

 葉緑体はミトコンドリア同様,外膜と内膜の二重膜で被覆され,独自の DNA を有する.植物種によっては三重膜,四重膜を持つものも存在する.内部にはチラコイド (thylakoid) と呼ばれる層状に潰れた風船のような円盤状の構造物を有しており,チラコイドが積み重なってグラナ (grana) を形成する.グラナはさらにラメラ (lamellae) と呼ばれる中空の構造物により相互に接続されている.

 内膜とグラナとの間の空間はストローマ (stroma) と呼ばれ,液体成分で満たされている.チラコイド内部の空間をルーメンと呼ぶ.位相幾何学的に,葉緑体の内部空間はチラコイド膜によりストローマとルーメンに隔てられており,光合成の主たる反応はチラコイド膜面で行われている.

葉緑体の構造 © Wikipedia
葉緑体の構造 © Wikipedia

 グラナとラメラとの接合の様式を電子トモグラフィーを用いて観察すると,両者のなす超立体構造には複雑な位相幾何学的特徴があり,平面に投射することはできない.表面積を最大化しつつネットワークの表面エネルギーを最小化する配置を取る.古典的にはグラナとラメラの接続は 1 : 4 の比率であり,等ピッチで右巻きのらせん構造をなしているとされるが,異論もある.これらの立体的な膜ネットワーク構造は葉緑体に限らず,小胞体や核物質などの高密度に充填された層構造を接続する普遍的な手段であるらしい.

葉緑体内部のグラナとラメラを結合する幾何学的らせん構造 (https://europepmc.org/article/med/31611387)
葉緑体内部のグラナとラメラを結合する幾何学的らせん構造 (https://europepmc.org/article/med/31611387)

 グラナとラメラの接合部はスリット状の形状をしている.スリットの大きさにはばらつきがあり,光合成機能制御において接合スリットが何らかの役割を果たしていると考えられている.

電子トモグラフィーから再構築したグラナとチラコイドの3次元画像 (http://www.plantphysiol.org/content/155/4/1601)
電子トモグラフィーから再構築したグラナとラメラの3次元画像 (http://www.plantphysiol.org/content/155/4/1601)

光合成の概要

 光合成は複雑な過程を経て光子の持つエネルギーを使って水と二酸化炭素から,酸素と炭水化物を生成する反応である.エネルギーは光化学系 II (Photo System II) から光化学系 I (Photo System I) の順に受け渡される.両者は多くの蛋白質サブユニットからなる複合体であり,その構造は反応中心 (Reaction Center) を幾何学的中心とした点対称の形をなす.光化学系 II は 180 ° 回転で対称となり,光化学系 I は 120 ° 回転で対称となる.

集光性アンテナと反応中心

 すべてのクロロフィル分子が光子によって酸素と炭水化物を生成するのではない.むしろ大多数のクロロフィルは,集光性アンテナ (Light Harvesting Complex) の役割に徹している.一部のクロロフィルのみが反応中心として文字通り構造の中心に位置する.その役割は複合体の形に現れている.

 下図のように,点線で囲まれた六角形がコアであり,その周囲に 6 個の三量体が取り囲んでいる.一般にこの構造は C2S2M2N2 と呼ばれ,C はコア,S は強い結合, M は中等度の結合,N は弱い結合を示す.

コナミドリムシの光化学系 II の構造 (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31768031/)
コナミドリムシの光化学系 II の構造
エンドウマメの光化学系 I の構造 (https://science.sciencemag.org/content/348/6238/989)
エンドウマメの光化学系 I の単量体の構造

 

励起伝達と電子伝達反応

 アンテナとしてのクロロフィルに光子が当たると基底状態から励起される.具体的には電子が励起されてπ軌道に入る.通常,励起された分子は熱を出すか蛍光を発して基底状態に戻るが,光合成系のように構造のよく似た分子が密接していると,励起伝達および電子伝達反応という2つの特殊なエネルギー伝達が可能になる.アンテナとしてのクロロフィルから反応中心のクロロフィルへは励起伝達によりエネルギーが伝達され,反応中心から電子受容体へは電子伝達反応によりエネルギーが伝達される.

 パルスレーザーによる過渡吸収分光法で測定した伝達速度はフェムト秒からピコ秒のスケールである.最速のものは クロロフィル b – クロロフィル a 間の転移に約 150 – 200 fs を要するのみである.クロロフィル a 間のエネルギー移動には 1 ps 以上の時間を要し,その他の成分間では 500 – 600 fs と 5 – 7 ps の範囲にある.

葉緑素の分光吸光度

 植物の緑色は葉緑素に由来する.葉緑素は太陽光と水と二酸化炭素から,有機化合物と酸素を作り出す.

 葉緑素の吸光度は青と赤にピークがあり,緑を吸収せず,そのため植物は緑色に見えるとされている.高等植物に含まれる葉緑素はクロロフィル a とクロロフィル b であり,その吸収スペクトルのCIE xy 色度図での色度座標はそれぞれ (0.1981, 0.3341), (0.2704, 0.566) であり,それぞれシアン色領域,黄緑色領域に相当する.

 ミトコンドリアが古細菌と共生するようになったのは 16 億年前と言われているが,葉緑素が古細菌に取り込まれたのはその後のことである.その起源はシアノバクテリアであるとされている.

光合成の詳細

 葉緑素での光合成の反応の中心は光合成電子伝達系および炭素固定反応である.

光合成電子伝達系

 最初は,光子が葉緑素のクロロフィルに吸収されて電子を 1 個放出させ,クロロフィルイオンを作るところから始まる.放出された電子は電子伝達系を通って 2 番目の反応中心を通る.

 その結果水素イオンが汲み出され,電気化学的勾配が形成される.この水素イオンによる電気化学的勾配をエネルギー源として ATP が合成される.

 電子伝達系を通った電子は最後に NADH+ に捕獲され,NADH+ は高エネルギー NADPH となる.電子を奪われたクロロフィルイオンは周囲の水と反応して気体の酸素分子を作り出す.

炭素固定反応

 上記の反応で生じた ATP と NADPH をエネルギー源として二酸化炭素が炭水化物に変換される.ここでは光は必要とされない.

 正味の入力は光子,二酸化炭素,水であり,出力は酸素と有機化合物である.

光合成の調節

 植物は太陽光のすべてをエネルギーに変換しているわけではない.むしろ,個体から分子までのあらゆるレベルにおいて,光合成と光損傷との狭間で最適化するように進化してきたと考えられる.植物は光過剰と光欠乏の両者に遭遇するため,低照度時には光合成を最大化し,高照度時には光合成装置の損傷を回避する戦略を立てる必要がある.

 その戦略とは,迅速に行われる反応と緩徐に行われる反応からなる.迅速な反応には葉の移動や葉緑体の移動,状態遷移,集光性複合体の可逆的乖離などがあり,緩徐な反応には集光性複合体の蛋白発現量の調節,葉の形態・構造・組成の変化などがある.

状態遷移

 チラコイド膜の状態遷移は 1969 年に発見された現象であり,光化学系 I と光化学系 II との間の光吸収と光励起の違いを調整するための仕組みである.

 光化学系 I は波長 700 nm 以上の遠赤色光を優先的に吸収し,光化学系 II は波長 700 nm 未満の赤色光を優先的に吸収する性質がある.

 そのため,チラコイド膜に赤色光を照射すると光化学系 II の吸収するエネルギーが増加し,膜は状態 2 に移行してエネルギーの平衡状態に達する.

 逆にチラコイド膜に遠赤色光を照射すると光化学系 I の吸収するエネルギーが増加し,膜は状態 1 に移行して新しい平衡状態に達する.

 これを状態遷移 (state transition) と呼び,1日の間に葉の表面に入射する太陽光の波長の変化への対応と考えられる.

 

色の知覚(1)太陽光

太陽光の分光強度分布 (National Renewable Energy Laboratory)

 色彩に関してはこれまで先人の膨大な研究の積み重ねがある.その一端を紹介し,色の物理的性質から生理的反応への橋渡しについて考察する.

 今回は太陽光について調べた.データベースは主に National Renewable Energy Laboratory から取った.日本国内にも太陽光についてのデータベースは気象庁新エネルギー・産業技術総合開発機構がデータを公開している.

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